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水の作文コンクール・未来へ届ける水

ページ番号:0363486 更新日:2026年9月25日更新

山口県優秀賞

未来へ届ける水

下関市立東部中学校​​ 2年 迫田 希歩​(さこた きほ)

 私は昨年、水不足がもたらす社会問題や、その土地で暮らす人々の生活、貧富の差などを題材にした本を読んだ。水が当たり前に生活の一部となっている私にとって、自分がおかれた環境が如何に恵まれているのかを、改めて考えさせられる内容だった。
 日本は雨が多く、水資源が豊かである。水道環境が整い、毎日お風呂にも入れる。こうした生活を当たり前のように感じていたが、世界には水の確保が困難な地域があり、水不足が原因で争いも起こる。容易に想像できず「そんなことで」と初めは理解しがたい気持ちだった。しかし、その暮らしを知ることで水に対する意識が変わっていた。命に直結する水が日本でも有限にあると限らないのだ。
 昨今、地球温暖化の影響もあり、自然災害が増えている。もし雨が降らず、水道も使えなくなったとしたら、今の生活は簡単に崩れてしまうだろう。実際に数十年前、川の氾濫によって母の実家周辺が浸水し、断水を経験したという。しかし、隣の市では被害がなかった。水によって苦労する人がいる一方で、ほんの少し地域が違うだけでいつもと変わらぬ生活を送る人もいる。国や環境が違えば、その差が大きいことは想像しやすいだろう。私たちは、水についてもっと真剣に考える必要があるのかもしれない。
 水は飲むためだけでなく、私たちの生活のあらゆる場面で使われている。トイレやプールといった学校の施設をはじめ、例えばデジタル社会の現代では、その発展を支えるデータセンターで、機械の熱を冷ますのに使われている。また、衣類を作る際にも、布を染めたり洗ったりする工程で多くの水が必要になる。このように、普段何気なく使っているものにも水は関係しているのだ。
 私たちの体もそうだ。体の七割近くを占める水は、物質の運搬や体温調節など、体の中でさまざまな働きをしている。食べ物がなくても、水さえ飲めばしばらく生きていられる反面、水がなければ一週間の生存さえ難しい。水は私たちをつくり支えている大切な存在である。
 私自身、水との関わりを身近に感じた経験がある。曾祖母が農家をしているため、幼い頃から稲作を手伝ってきた。稲を植える前、田んぼの準備ができると水を入れるが、冷たい水が土を生き返らせるように広がり、田植えの時期には、タガメやゲンゴロウ、カブトエビが動き回るようになる。あぜ道や用水路も、私にとっては遊び場だった。手に触れた泥や植物の感触、生き物の様子、騒ぐと濁った水が下流に流れていく楽しさなど、何もかもが新鮮だった。そんな生活の中に自然に存在する水を特別に感じたことはなかったが、カブトエビはきれいな水にしか生息しないと聞き、自分の手に触れる水に特別さを感じたのを覚えている。
 きれいな水と土のおかげで、家族で育てたお米はふっくらとしてつやがあり、ほんのり甘く美味しい。日本の主食を支える水と土は、これからも日本の自慢であってほしい。もし水がなくなれば、植物は育たず、緑は失われていく。やがて私たちの生活そのものが成り立たなくなるだろう。太陽の熱で海の水が蒸発し、雲となり雨になる。このように水は地球の中を巡り続けている。
 あの本に描かれていた、水を求めて苦しむ人々の姿は、決して遠い世界の出来事ではないと感じるようになった。
 水は、長い時間をかけて地球が育んできた宝物だ。その恵みに感謝しながら、水と向き合い続けること、そして、きれいな水のある暮らしを守り伝えることが世界の平和へ繋がるとしたら、私たちは水という限りある資源を未来へ届ける役割を担わなければならない。